林正孝 (はやしまさたか)
1962年3月3日 広島県生まれ
ライフプランナー
ソニー生命保険株式会社、エグゼクティブライフプランナー。87年中央大学法学部卒業後、ソフトウェア会社での営業を経て、大手人材サービス会社にて記録的なスピードで主任、マネージャーへと昇格。年間MVPなどすべてのタイトルを奪取。96年ソニー生命保険株式会社入社。以来MDRT会員14年連続、現在も継続中06年には10年連続により終身会員に)。03年度、07年度、09年度、10年度にはMDRTの3倍の基準であるCOT会員、08年度には6倍の基準であるTOT会員となる。若手経営者・営業マンに元気になってもらいたいと「林塾」を開催している。

http://www.kakugo.tv/index.php?c=search&m=detail&kid=87

1

2

3

4

5

幼少~学生時代
体の弱い子どもだったため、2歳頃まで田舎にある祖母の家で育てられました。父は高校のバスケットの監督で母は小学校の先生でした。体が弱い私を心配した親は3歳からスポーツをさせていました。そのスポーツのお陰で体は丈夫になりました。
小学校3年生の時は「教師の子どもだからテストの点数がいい」という噂を流され、それに反発した私は1年間テストを白紙で提出した事がありました。その事に関して両親は私をとがめませんでした。どんな事でも認めてくれた親の教育方針は本当にすごいなと思います。
高校を卒業して1年間浪人し、19歳の時上京しました。大学に入ってからは勉強はあまりせずバイトばかりしていました。大学時代経験したバイトの数は36種類ほどに及びます。

続き(社会人時代)

社会人時代
経営コンサルタントになりたいという想いで就職活動をしておりました。何社か内定は頂いたのですが、何か違うという想いから内定を辞退しました。自分の求める企業が無いのであれば、自分で創ろうと思いました。経営の基礎「人、物、金」をそれぞれ学ぶため、「物」を学べるソフトウェアの会社の営業職に就きました。営業職と言ってもプログラミングの事が全く分からない状況で入社したので、まずは勉強することから始めようと、1年半くらいはプログラマーとして働きました。その後、営業職に転身致しました。ソフトウェア会社に5年ほど勤め、「人」を学ぶため株式会社リクルートシーズスタッフに転職しました。また5年ほど勤めた後、今の会社であるソニー生命に入社いたしました。

戻る(幼少~学生時代)

続き(ターニングポイント)

ターニングポイント
前職を辞める少し前に、新宿の駅のプラットホームに謝って転落してしまった事がありました。目が覚めた時には救急車の中で、頭を切りあばらを折る大けがを負いました。奇跡的に周りにいた善意ある人に助けて頂き、一命を取り留めました。もしその場にいた人が助けてくれなかったら私はこの世にはおりません。私ばかりか助けて下さった人も命を落とす可能性もあるわけです。この事故をきっかけに「自分は使命があって生かされた、何か人の役に立たないと申し訳が立たないな」と思い、これからは世の中のためになる仕事をしようと決意しました。

戻る(社会人時代)

続き(覚悟の瞬間)

覚悟の瞬間
「短い時間でどこまでできるか」という事をテーマに仕事をしています。同じ事を続けることも大切なことですが、人間の可能性を追求したい、人間である事を楽しみたいと思っています。この期間で必ずこういった仕事を成し遂げるという覚悟をして毎回仕事に取り組んでいます。どの仕事もそのスタンスは変わりません。

戻る(ターニングポイント)

続き(今後の目標)

今後の目標
私はライフプランナーという仕事に誇りを持っています。ライフプランナーという仕事そのものを世間にもっと広めて、評価を高めたいと思います。

戻る(覚悟の瞬間)

チンギス・ハンの掛け軸

2006年に開催されたモンゴル建国800周年イベントで購入したチンギス・ハンの掛け軸です。もともと歴史人物としても好きです。

手帳

モチベーションを上げる時に去年の手帳を見返しています。去年の今頃は、どんなスケジュールでどんな出来事があったのかと思い出す為に見返しています。