野田弘子 (のだひろこ)
1960年7月3日 岡山県生まれ
プロビティコンサルティング 代表
東京大学法学部卒。公認会計士。約20年にわたり、複数の外資系金融機関で経理部長を歴任し、財務報告、管理会計等、広く財務経理業務に携わる。2006年より、会計コンサルタントとして、内部統制構築支援・セミナー等に取り組んでいる。社名にある「プロビティ」とは、誠実・高潔といった意味で、スタッフが重要視する取り組み姿勢の意味を込め、起業。誠実さと木目細やかさを大切にして、お客様の会計基盤づくりに貢献することを目指す。

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幼少~学生時代
生まれは岡山県岡山市。父は地方公務員です。父は音楽が母は油絵が趣味でしたので、できる範囲ではありますが、子どものころからいろいろな芸術に触れさせてもらったと思っています。自然豊かな環境で育ちました。負けず嫌いの努力家だったと思います。大学に入って初めて日本の男女差別の厳しさに直面し、大学時代は悩むことが多かったです。

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この業界に携わるきっかけ
就職活動を始めた時のことです。同級生の男の子が段ボールに何箱も企業からのはがきをもらっている横で私に届いたはがきは3枚。これが現実でした。社会に出るには資格を取るしかないと公認会計士になることを決意しました。

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続き(印象に残っているエピソード)

印象に残っているエピソード
30歳目前のころ、最初に勤めた外資系金融機関でのことです。日本人上司のある日突然の辞職でいきなり経理部のヘッドになることになりました。しかもその上にいきなりイギリス人CFOがやってきたのです。大量の仕事に初めてのマネジメント、さらになれない英語での会話。どうして乗り切れたのか今では思い出せないのですが、「部下の前で弱音は吐けない」の一心だったと思います。でも、あの出来事が私を成長させてくれたきっかけだったと思っています。

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続き(覚悟の瞬間)

覚悟の瞬間
2006年に外資系金融機関を辞職した時は覚悟の瞬間だったと思います。もともと人と関わる仕事をしたいと思っていたので、営業や人事への転換も考えましたがなかなかいいチャンスに巡り合えませんでした。辞めるころは旅館の女将業などへの転身も真剣に考えました。サラリーマンを辞める決意は難しかったですが、45歳でこれが最後のチャンスだと思い、決意しました。おかげでそのままでは決して知り合えなかったたくさんの方々に巡り合うことができました。

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今後の目標
強い個人こそが強い会社を明るい社会を作る原動力であるとの信念から、「本質をつかめ!」をモットーに歩んできたいと思っています。企業経営には厳しい時代ではありますが、そうした本質へのこだわりを持ちながらも、地道にかつ誠実に取り組んでいくことが会社をそしてひいては日本を発展させていく原動力になるということを確信しております。

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ペンケース

色はプロフェッショナルを意識して黒にしました。独立した時に自分を高めるために購入したクロスのボールペンとシャープペンシルを入れています。

ポーチ

よく見ると熊が描かれているポーチがお気に入り。かわいいものが好きで特にくまが好きです。