松田信生 (まつだのぶお)
1986年12月18日 大阪府生まれ
ハピネンス 代表
中高と陸上を続け、高校卒業後、時給750円のフリーターから社会人生活をスタートさせる。しかし、生活に困窮してしまい、営業の世界へ飛び込む。その後、19歳にして営業のトップセールスを記録するが、同時に1200万円の投資に失敗し債務を背負う。背負ったことのない債務に生きる希望を失い「自殺」することも考えるが、人生逆転の可能性に賭け起業を決意。未経験のIT業界で急成長分野のモバイルビジネスに着目し、2008年に独立を果たす。約2年半、モバイルビジネスを個人事業主に指導し、クライアント数は2000名をこえ、月収にプラス10万~400万円を稼ぐクライアントが続出する。自身ではオンラインオフラインに問わず、マーケティングに詳しく、パソコン1台で約2000万円をわずか12時間で売り上げた実績を持つ。起業した会社は1年目には社員6名という小さな規模であったが1億4000万円を売上げる。自身は企業2年目以降、2社の会社を経営するビジネスオーナーとなる。また、ビジネスコンサルタントとしても活動しており、さまざまな業界(海外ブランド関連業界、美容業界、医療業界、物販業界、芸能関連業界、ペット業界・・・など)からの相談に応じ、日々アドバイスを行っている。しかし、クライアントから寄せられる悩みに向き合っていく中で、多くの人々がビジネスの悩み以上に、人生についての悩みを抱えていることに気づく。その気づきからビジネスの枠組みを飛び越え、自身の過去の経験を生かし、現代の人々が抱えるさまざまな人生の問題解決に取り組んでいる。

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幼少~学生時代
全く耳の聞こえない聴覚障害者1級の両親のもとで育ち、中学~高校までの6年間、陸上を続けました。小~中学生の頃、耳の聞こえない両親と一緒にいることを人に見られるのが嫌で「入学式は来るな」 「日曜参観日は絶対に来るな」というような、親が一番傷ついてしまう言葉を使って、学生時代を過ごしました。心のどこかで「親を大切にしたい…」と感じながらも、人の目を気にする生き方を続け、親を傷つけるような行動を取ってしまったりと、日々葛藤が続きました。高校生の頃、外国人国籍の両親を持つ後輩と少し食事をした際に、両親のことを誇りに思いながら生きている後輩の姿に心を打たれ、両親の障害が、一つの「個性」であるということを受け入れ始めました。どんなに苦しくても、どんなに辛くても、心を折らず一生懸命育ててくれた母の姿に初めて向き合い、「この親から生まれてよかった・・・」と感じ、少しずつ人生の生き方について考え始めるようになりました。

続き(社会人時代)

社会人時代
中学~高校2年まで、「将来は体育教師になって、陸上選手を育てたい。」という思いを持って学生生活を送ったのですが、父親がリストラを受け、「自分の未来は自分で切り開かなければならない」と感じ始めました。高校3年の夏頃、「自分は本当に体育教師になる為に人生を歩むべきなのか?」と自問自答する日々が始り、行き着いた答えが「NO」であることに気がつきました。元々音楽好きで、一番歌うことが好きである自分を見つめ、「耳の聞こえない両親に音楽の素晴らしさを届けれないか?」と思い始め、ボーカルレッスンに通い音楽を本格的に始め出しました。高校卒業後、実家を離れ、コンビ二のアルバイトをしながら生活を始めるが、現実は厳しく、家賃や食費、光熱費などが予想以上にかかり、普通に生活さえ出来ないという状況に気がつき、複数の仕事(アルバイト)を掛け持ちながらの極めて厳しい生活を送りました。そしてその生活を続けたために体を壊してしまいました。その後、成果報酬型の営業の世界へ飛び込みましたが、初めは全く契約が取れず、何度も悔しい思いをし、一人で泣いてしまうような日も多々ありましたが、徐々に力をつけだし、19歳にしてトップセールスを記録。120万以上もの給料を稼ぐ営業マンに成長しました。

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続き(起業のきっかけ)

起業のきっかけ
19歳でトップセールス。愛車はBMW。「お金が人を幸せにする」という価値観でした。高校を卒業するまで6畳のフロ無しオンボロアパートで家族3人と暮らしていた貧乏生活の劣等感を払拭するため、自分自身に見栄を張り、自分自身を飾るためにお金を使い、貯金は殆ど無い状態。そんな生活を繰り返していた20歳前後の頃、とある投資話を持ちかけられ、年利36%という嘘の話に乗ってしまいました。「一口100万円から」という話だったので、ろくに貯金もしていない自分では何も出来ませんでしたが、この投資話が本物であると信じ込んでしまった私は「この話は誰かに恩返し出来る内容なのでは?」と思い込み、「他の人で必要としている人に、この投資の話をしてあげよう」と決意しました。そして一番お世話になった、両親と親戚の親に話を持ちかけ、「やった…、これで恩返しができる!」と思っていたのもつかの間、投資会社と約束していた振込みの期日になっても、1円も振り込まれない日々が続き…その後は音信不通になりました。この投資話は後々ワイドショーでも叩かれた有名な集団詐欺事件でした。人の為にやったことが失敗した無念さ、そして社会の皮肉さを感じ、背負ったことのない債務に「生きる希望」を失い、精神は荒れ狂ってしまいました。まさにこの頃、人生の変革を必要としていました。その頃、いつも支えてくれていた母が投資の失敗について助言をしてくれました。その母の一言で勇気をもらい、サラリーマンを辞め、独立という人生再スタートの決断をし、起業しました。

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続き(覚悟の瞬間)

覚悟の瞬間
毎月何十万円というお金を返済しなければならない状況の中、起業後に確認した口座残高は約12円。その中で独立してビジネスを行っていくという恐怖との戦いでした。「19歳で1200万の失敗からの起業」、まさにこの瞬間が「覚悟の瞬間」です。

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続き(今後の目標)

今後の目標
私の生きてきた人生を通して、多くの人々に「生きる希望」を感じ取っていただけるメッセージを発信していくことが今後の目標です。生きることに対して絶望や失望を味わってしまうのは個人個人の受け止め方によって違ってくると思いますが、少なくとも私の場合は、「生きる希望」を見失い、人生のどん底である「絶望」を感じました。しかし、母親のたった一言の言葉で勇気をもらい、今に至るまで決して楽ではない、苦しいことの連続ではありましたが、乗り越えることが出来ました。これからは、いろんな仕事を通し、過去の自分のように悩める人や、類似することで悩んでいる人、他にも生きる希望を失ってしまった人を助けたいという気持ちです。

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iPhone

外でPCサイトも見れますし、iPod、アプリなどが使えてとても重宝しています。スケジュール管理にも専用のアプリを入れて利用しています。

結婚指輪

結婚する前に妻と手作りで作った結婚指輪です。形はガタガタしていますが、愛情がこもっていて、どんなものよりも価値を感じます。