西川大介 (にしかわだいすけ)
1977年1月6日 徳島県生まれ
スポーツDJ
数々のラジオやテレビでレギュラーを持ちながらCM,ナレーションなどを担当。2001年からサッカーと音楽を融合させたセレッソ大阪(Jリーグ)のスタジアムDJを担当。

http://www.kakugo.tv/index.php?c=search&m=detail&kid=64

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幼少~学生時代
よくハシャギ、よく喋り、人から「あかん」と言われる事をするのが好きな子供でした。何回も車にはねられた経験もあり、「よく生きてたな」と母に言われます(笑)。他にも自立願望の強い子で、親や誰かに守ってもらうのが、凄く嫌でした。当時は音楽やサッカーが好きで、見よう見真似で楽器やクラブDJをやっていました。サッカーに関しては中学で辞めたのですが、音楽は続けてきました。将来はとにかく、どの職業でもいいので、独立したいと思っていました。

続き(DJを始めたきっかけ)

DJを始めたきっかけ
自ら、1週間ホームレスを経験した後に、バイトの住み込みをしながら、何かやらなければと思っていました。当時18歳で、音楽と話すことが好きだったので、放送系の学校に通い始めたのが、今の仕事を始めたきっかけです。その学校で真剣に取り組んでいる人達の姿を見て、自分も話し方や音楽にもっと真剣に向き合おうと思うようになりました。他にも事務所の仲間であり、ライバルである下埜正太(しものしょうた)さんの存在も大きかったです。

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続き(印象に残っているエピソード)

印象に残っているエピソード
一番最初の仕事は、クリスマスイブでした。金沢の高速のパーキングにコミュニティーFMで中継をしました。自分の声を電波に乗せて話す事を初めてした時に、一秒、二秒の時間が重く感じ、咬む事や、「曲紹介の時間は守れるのか」、「しっかり言えるのか」と、不安と恐怖でいっぱいでした。案の定、曲紹介を失敗し、マイクをオンにしたまま、「あ~俺ダメだ~!」と言ったのが、放送に入ってしまったんです。その時はもう、海で泳いでどこか行こうと思いました(笑)。あの最初の現場だけは忘れられません。

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続き(覚悟の瞬間)

覚悟の瞬間
セレッソのスタジアムDJになった事です。所属事務所の社長に「君は声が向いてない、言葉に命を吹き込め」と言われ、自分の声も嫌いになり、どうにかして乗り越えようとした時期がありました。その時に、セレッソの選手やサポーターの皆さんのレスポンスや頑張りを見て、表現として一つ一つの言葉を大切にし、人に感動を与えたいと考えるようになりました。それまで、気づかなかった事を気づかせてくれたセレッソの皆さんには、大変感謝しています。

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続き(今後の目標)

今後の目標
本物の声で表現できる人間になりたいと思っております。言葉に命が宿るように、何気ない言葉でも僕が喋る事で、凄いと思ってもらえるようにしていく事です。また、同年代の人達と共存共栄しながら、尊敬すべき人達に、挑んでいきたいと思っています。先輩達の凄さを改めて感じ、正直へこむと思います。でも、挑戦しないと得られないし、『努力しよう、リスクを冒そう、本物になろう。』と考える。つまり日々進化です。

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サッカーボールがついたネックレス。音楽と服のコラボレーションのスポーツver. 宝です。