廣道純 (ひろみちじゅん)
1973年12月21日 大阪府生まれ
プロ車いすランナー
89年、バイク事故により、脊髄損傷。突然の車椅子生活となる。17歳で車椅子レースの世界へ。00年シドニーパラリンピック800mで銀メダルを獲得。04年3月には日本で初めてスポンサー契約で活動するプロアスリートとして独立。アテネパラリンピック800mで銀メダルを獲得。400m、800m、5000mの日本記録保持。

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幼少~学生時代
子供の頃に自分がこだわっていたのは、「廣道 純」の「廣」なんです。苗字自体が珍しいので、他にはないという点から自分は特別だと思ってました。

続き(車椅子陸上を始めたきっかけ)

車椅子陸上を始めたきっかけ
89年にバイクで事故をしました。普通はネガティブになるところですが、自分は「死んでた」かもしれないと思っていたので、「助かってよかった」とプラスのところからのスタートでした。病院でリハビリをすることになり、リハビリの先生から車椅子陸上のことを教えていただけたのが始めたきっかけでした。プラスに考えていたので、「早く教えていただけて良かった」と思っていました。

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続き(印象に残っているエピソード・ターニングポイント)

印象に残っているエピソード・ターニングポイント
自分自身も怪我をしていなかったら、車椅子の人を見ると「助けてあげなきゃいけない」と思っていました。しかし、怪我をした後に思ったのは、腕の力を鍛えたり体力をつけたら、車椅子の人でも何でも出来るのです。世間一般から見たら出来ないものだと思われているのですが、努力次第で楽しく生きれるんです。僕は全て物事をプラスに考えるようになっているからか、自分の名字と同じように、車椅子に乗ることも特別だと思っていました。

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続き(覚悟の瞬間)

覚悟の瞬間
15歳の事故ですね。本当にヤンチャしていた人生から、やり直すチャンスをもらった気がします。生きているからこそチャンスをもらえたので誰かのためにやり直そうと思いました。
また、会社勤めをしながらスポンサーがつき、「15時にあがっていいよ」というのが、だんだん「14時」、「12時」になっていきました。レースで優勝するとそれがボーナスに反映し、いつの間にか会社からの給料とスポンサー費が同じになり、会社を辞めようと思いました。

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続き(今後の目標)

今後の目標
簡単に達成する目標を達成していくにつれて、大きな目標になります。
アスリートとしては次のロンドン、その次のリオ・デジャネイロまでに金メダルを目指します。もし、陸上を引退しても何らかの陸上に関わりたいと思っています。そして、老後「あー、俺毎日楽しかったな」と思うぐらい楽しく生きていくのが目標です。

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レース用のグローブ

最近取り替えたばかりですが、もうこんなになっているんですよ。全ての汗がグローブに伝うから、もうすごくて(笑)

SAMSUNGの携帯電話

誰も持っていない、人とは違う携帯電話を持つことにこだわってます。以前はNokiaを使用していました。ただ、持ってる人が少ない携帯電話なので、携帯ショップに持っていっても、お店の人も扱いがわからないみたいで困るときもあるんですよね。