土屋賢司 (つちやけんじ)
1958年8月14日 神奈川県生まれ
土屋歯科クリニック&works 院長
1984年に日本大学歯学部を卒業後、一般歯科医院に勤務、その後ロサンゼルスにある南カリフォルニア大学の卒後研修に参加。1989年に千代田区二番町で歯科医院を開業。2003年に平河町に土屋歯科クリニック&ワークス オーラルケア・インプラント・エステティックセンターを設立。

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幼少~学生時代
小さいころから自然児で家にいることが少なく、海や山が好きでよく行っていました。生き物を飼うのも好きでクワガタ、インコ、コイ、金魚などいろんな生き物を飼っていました。幼少のころに飼っていた愛犬がムカデに刺されたことをきっかけに死んでしまったことが悲しい思い出として心に焼き付いています。

続き(歯科医師という道へ進んだきっかけ)

歯科医師という道へ進んだきっかけ
3歳の時、一度呼吸と脈が停止してしまう緊急事態に陥ったことがあり、その時徹夜で命がけの治療を施してくれた近くのお医者様のおかげで生き返ったという事を後日両親から聞かされました。幼いながらもお医者さんってなんて素晴らしい仕事なんだろうと感激したことを覚えています。これがきっかけですね。その中でも歯科というジャンルは医療という自然科学の中にも人間のスマイルを作り上げるアートの部分が多く、小さいころから絵を書くことやプラモデルを作ることが大好きだった私にとってその両方を兼ね備えているまさにぴったりの職業でした。

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続き(ターニングポイント)

ターニングポイント
歯科医師という仕事に就き、開業をしたあと一時目標を失いかけていた時がありました。 そんな30代後半に所属していたSJCDという日本歯科界の精鋭たちが集まるスタディーグループの会長に就任しました。8年間その役職につきながら日々過ごしていくうちに仕事、勉強、研究に関するモチベーションが格段と上がり、現在の位置にまで登りつめることができました。あそこで会長にならなければここまでのモチベーションは生まれなかったかもしれません。現在SJCDは日本を代表するスタディーグループになり、海外でもその評価は高く会員数でも世界のトップグループとなっております。

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続き(覚悟の瞬間)

覚悟の瞬間
私が開業したのは1989年・30歳の時でした。だいぶ落ち着いたとはいえ、まだバブルの影響を多く受け、テナントの数も限られ、家賃も高く、先立つものもない私にとっての歯科医院作りは非常に大変なものでした。しかしながら若気の至りか、私は真ん中が好きで開業場所も山手線のど真ん中でやりたいと思ってました。親も歯科医師ではない、いわば地盤・看板・かばんなど何もない私が何処までできるのか・・・。同級生たちからは「無謀だ!」とも言われ、一時はあきらめかけてました。しかし情熱(PASSION)を持って、目標のために計画(VISION)したこと、自分でこれだと決めたことに間違いはないと信じ、後はこれを行動(ACTION)に移すだけと思い、覚悟の瞬間を迎えました。開業して20年以上が過ぎ、今ではあの時の決断は間違ってなかったと確信しております。

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続き(今後の目標)

今後の目標
イチロー選手の「小さなことをこつこつとやっていくことがとてつもなく大きな業績を生むのだ」という言葉が好きです。今まで私がやってきたことも決して一つひとつは大きくありません。しかしながら、それを積み上げた結晶が私の著書につながったのだと思います。これからも歯科医師として1人でも多くの方のスマイルを作りながら一年一年頑張れる目標を掲げ、社会に貢献し、後輩たちの指導を継続していくことで歯科界がもっと向上する一助になれるよう頑張りたいです。

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拡大鏡 

歯科診療用のアイテム。最近は歯科の治療も細分化され、各治療がかなり高度化されてきています。そのため日常の診療にも拡大鏡は必要不可欠なアイテムになってきています。かぶせ物の適合状態や虫歯の進行状態など裸眼では見落としがちな箇所も正確に見ることが可能です。眼鏡もオークレーを使用しており最近は着け心地もよくおしゃれになりました。

マイクロスコープ 

歯科治療の最も進んだ治療機器の1つです。30倍以上の拡大率で歯の根の中の神経の状態まではっきり見ることができます。レンズも世界的に有名なものを使用しており術野も非常に明るく見やすくなっております。まだ市場にはほとんど出回ってはいませんが、将来高度な治療には必要不可欠になっていくと思います。