森下一也 (もりしたかずや)
1970年8月13日 三重県生まれ
ネオ 代表
若いころに転職10回を経験したのちに26歳で足場工事会社・有限会社ネオ信和を起業。地元工務店・地場ゼネコンなどの仕事をし、順調に業績をのばす。その一方で2006年2月より、まったく畑違いの業種ウェブ制作事業「スタジオジーク」を立ち上げ、ハイテクとローテクの融合を創造する。2009年11月、建築不況が本格化する中、今までの主力事業であった足場工事事業をクローズ、新しくインターネットでの仮設資材販売事業を立ち上げ、この不況をのりきる。

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幼少~学生時代
小学校から中学校時代は格闘技などが好きで、空手・剣道・少林寺拳法などに通ってました。しかしすごく飽き性だったのですぐ辞めてしまいました。中学から高校にかけては友人たちとバンドを組んでライブなどもやってました。結構目立ちたがり屋だったように思います。

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社会人時代
会社勤めのころは、本当に職を転々としていました。工事関係から営業職まで業種もばらばらでした。でも物を売る事に楽しみを感じていましたので、基本的には営業が好きでした。特に一番楽しくて勉強になったのが化粧品会社のマネージャーをしていた時です。そこでマネジメントや管理業務のノウハウを学ばせていただきました。

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続き(起業のきっかけ)

起業のきっかけ
ちょうど12年前、当時私は足場職人をしていました。日本経済はバブルが崩壊し景気は全般的に低迷していました。それでも建築業界はバブル崩壊後も状態は良い方でした。新築住宅も建っていましたから。それが国の政策で消費税が3%から5%に上がったんですが、その瞬間に今まで順調に建ってきた住宅が突然大幅に落ち込みました。そこから自分たちの仕事が減り、毎日午前中しか仕事がなく、昼から家でボーっとしている状態でした。当然生活の柱である私の給料が減れば生活が困ります。妻もいましたし、26歳で家も建てていてローンもありました。このままでは生きていけないと思い、正直私には何もありませんでしたが今まで培ってきたノウハウが私にはあったので思い切って起業を決意しました。

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続き(覚悟の瞬間)

覚悟の瞬間
1つは当然起業した時ですね。お客もお金も信用も何もないとこからスタートでしたので、正直私の周りからは森下一也は頭がおかしくなったと思われていました。そして、もう1つの決断は昨年11月の大幅な業種転換の時です。今まで主力事業であった工事業を完全に辞めるのですからかなりの不安と恐怖がありました。しかし、ここで社長である私が決断しないと逆に皆に迷惑をかける事になると思い、思い切って主力事業を撤退し新しいビジネス形態にかじをきりました。

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続き(今後の目標)

今後の目標
一番の目標は家族と楽しい時間を共有できる時間と環境を作っていきたいですね。私には幸せな家庭がありませんでしたので。そのためには仕事も頑張らなくてはなりません。正直私にとって仕事は家庭を幸せにする手段だと思ってます。仕事で精一杯頑張り結果が出ればその分家族にもいろいろしてあげられます。今私には大切な宝物である子どもが2人います。その子達が自分の進みたい道に進む環境を作りたいです。

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練習用グローブ 

いつも通っているボクシングジムで使っている練習用のグローブです。いい汗かいてます。

ダンヒルのビジネスカバン

今年買ったダンヒルのビジネスカバン。表面にキズが付きにくく、資料がたくさん入ります。私には最適なアイテムです。