横田透 (よこたとおる)
1973年2月27日 茨城県生まれ
つくば未来経営コンサルティング事務所 代表
横浜国立大学卒業。横浜市役所、建設資材メーカー、女性用ユニフォームメーカー、病院、遊技機用部品製造会社を経て、中小企業診断士として独立。「理論と実践の融合」を目指し、地域の中小企業の「強みを生かす」コンサルティングを展開。

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幼少~学生時代
小学校~中学校では、授業中によくしゃべり、周りに多大な迷惑をかけていました。中学校では、サッカーに一番力をいれました。ただ、サッカーに関しては中学校で燃え尽きてしまったような気がします。その後、高校・大学では、特に何か強い思いを持って過ごしていたかというとそのようなことはなく、当時の平均的な高校生・大学生だったと思います。将来のことについても今の姿を明確に描いていたことはなく、ただ漠然と将来を考えていたように思い出されます。

続き(この道へ進んだきっかけ)

この道へ進んだきっかけ
横浜市役所に入ったころから、組織に属して決められたことをしていくことが自分には合わないと感じていました。経営コンサルタントを目指していたわけではないが、「フリー」で仕事をしたいという思いは持ち続けていたような気がします。ただ、独立するだけの要素を持ち得ていなかったので、独立の代わりに、転職を繰り返したのでしょう。その後、社会保険労務士、中小企業診断士の資格を取ったことが「独立」への道を決定づけました。

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続き(印象に残っているエピソード)

印象に残っているエピソード
横浜市役所を辞める時は、周囲の大反対にあいました。しかも、その後転職した建設資材メーカーが、1年後倒産(黒字倒産)してしまったのだから、何も言えないという状況でした。しかしながら、公務員という安定した道を捨てたことがその後の紆余曲折を乗り越えることにつながり、現在の「独立」という地位があるとも言えると思います。

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続き(覚悟の瞬間)

覚悟の瞬間
まず、横浜市役所を辞め、民間企業に転職した時。次にサラリーマンを辞め、独立した時。最後に公的中小企業支援機関とは別に、中小企業診断協会が中心となった民間の中小企業支援機関を立ち上げた時が覚悟の瞬間でした。特に、3番目が「最も覚悟した瞬間」だったと思います。今まで一緒に中小企業支援に対する苦楽をともにした「同志の競争相手を立ち上げた」という意味で、本当に「覚悟」が求められた瞬間だったと思います。

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続き(今後の目標)

今後の目標
中小企業の「強み」を引き出し、「強みを生かす」戦略を実践していきます。日本の99%を占める中小企業の活性化なくして、日本の活性化はありません。また、地域の活性化なくして、日本の活性化もありません。これらの考えのもと、地域を活性化させる事業に積極的に関わっていき、郷土「茨城」を全国に誇れる県にしていきたいと思います。

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「めでたい」という意味で、縁起を担いで時計とともに身に付けています。