野村敬一 (のむらけいいち)
1951年11月8日 東京都生まれ
アルファヴォイスコンサルティング 代表
慶応義塾経済学部卒業後、旭化成へーベルハウスの草創期から2000億まで営業最前線・企画スタッフとして深く関わる。1988年全国の建設業を対象としたマーケティング・営業指導専門のアルファヴォイスコンサルティング株式会社を設立。現在に至る。住宅・賃貸住宅の指導においては業界ナンバーワン、オンリーワンの実績。2010年都市型防災エコ住宅の全国建築ネットワーク「PROD ALPHA」を立ち上げる。

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幼少~学生時代
原宿生まれの原宿育ち。東郷神社の境内と裏山と池でわんぱくに遊んでいました。小学校の時に東京オリンピックが開催され、スポーツ少年団で国旗掲揚に参加しました。「三丁目の夕日」の東京タワーをライブで体験していました。都立新宿高校で今の人格が形成されたと思います。学園紛争、新宿騒乱、デモを経験しましたが、母の涙には勝てないということを知りました。慶応大学ではほとんど授業に出ず、原宿でアルバイトに明け暮れていました。多くの芸能関係者、アパレルと交流を持ち、俗に言う原宿族でした。かろうじて卒業した後は、旭化成工業に入社しました。

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社会人時代
マスコミ志望でしたが、事情があり旭化成へ入社しました。まさか住宅営業になるなどとは夢にも思っておらず、ましてセールスマンなど考えもしませんでした。すぐ辞めようと思っていました。でも生来の負けず嫌いで、頑張ってしまいました。ハーバードのセールスマンシップに出会ったことや、『人生とは営業だ』『営業のプロは人間のプロ』『営業力はコミュニケーション力』中村天風の著作には大変影響を受けたと思います。とにかくよく働きました。

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続き(起業のきっかけ)

起業のきっかけ
小さくても自分たちで何かしたいという気持ちがありました。大企業のサラリーマン社長には魅力を感じませんでした。自分の意思で社長になり自分の意思で仕事をしたかったのです。何でもできると思っていました。でも間違いであることに後で気づくことになります。バブルの終わりかけで、ゴルフ場開発・アメリカセントルイスホテル計画・中国進出・・・。とにかく稼いだけれどもよく使ったことも確かです。結局今の仕事しかできないことに気がつきました。

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続き(覚悟の瞬間)

覚悟の瞬間
今日1日を生きる覚悟。覚悟の連続です。一寸先は誰もわかりません。常に死と対峙して生きていると思います。人間に平等に与えられた時間を瞬間たりとも無駄にしないこと。この覚悟が私の信条です。

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続き(今後の目標)

今後の目標
目標はあえて作りません。今日1日を真剣に生きること。いつでも死を覚悟して生きること。人の役に立たなくなったら生きる価値はありません。会社も社会に貢献できなければ利益は出ないでしょう。あえて目標とするならば人の役に立つことですね。人に喜んでもらえることが生きるただ一つの目標だと思います。

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iPodとBOSEのイヤホン

演歌からジャズクラッシックまで700曲以上収録、写真の300枚以上収録されています。

腕時計

NEWYORK TIFFANYで購入しました。