小野純 (おのじゅん)
1967年11月22日 東京都生まれ
社会保険労務士小野事務所 代表
中央大学卒業後、製造メーカーに入社。労務管理の重要性に気づき社会保険労務士資格を取得。インターンを経て独立開業。現在、従業員5人未満から1,000人以上の企業まで労務管理を中心に顧問先約30社。

http://www.kakugo.tv/index.php?c=search&m=detail&kid=106

1

2

3

4

5

幼少~学生時代
小、中学校のころは外で泥だらけになりながら遊んでいました。高校時代は勉強はさっぱりでしたが、生徒会の役員になったり、式典で毎回自分含め2人で校歌斉唱するなどいろんな思い出ができました。夜間部には芸能人がたくさんいたので学園祭なども楽しかったですね。浪人時代を経て大学進学。大学時代は進学予備校で講師のバイトをしたり、日本最大規模のサークルスタッフとなっていろんなイベントを企画したり、参加したりしていました。教育実習も経験しました。

続き(社会人時代)

社会人時代
就職活動中は超大手企業ばかり受けつつも、いつも最終選考で不採用という結果ばかりでした。相談で訪れた大学就職部からの電話1本だけで、とある一部上場メーカーに決まってしまいました。運悪く入社後の自分の担当が社内でも有名な不良品で、自分自身は悪くないのですが立場上常に謝っていました。その中で自分らしさを発揮できたのは労働組合の役員活動でした。みんなが思っていることを代弁し、少しでもいい環境を実現できるよう働きかけをする・・・思えばこれがその後の職業選択にも影響を与えたのだと思います。

戻る(幼少~学生時代)

続き(起業のきっかけ)

起業のきっかけ
組合活動を通じて労務管理の重要性を認識しつつあったころ、友人の税理士から社会保険労務士という資格を薦められました。調べてみると、とても自分に向いているような気がしてすぐに資格の学校へ。慣れない法律の勉強に悪戦苦闘しつつもなんとか合格することができました。すぐに社労士受験講座の講師バイトをしつつ、大手社労士事務所でインターン研修。社労士の仕事の幅広さと難しさを体感した上で、規定上の最短日程で独立開業しました。

戻る(社会人時代)

続き(覚悟の瞬間)

覚悟の瞬間
私の覚悟の瞬間は個別労働紛争の「あっせん代理業務」の仕事がきた時でしょう。近年、労働者個人と会社が争う「労働紛争」が急増し、その解決手段として裁判以外に「裁判外紛争解決手続(ADR)」という制度ができました。この制度により、紛争当事者である労働者や会社代表の「代理または補佐」する仕事を会社側から依頼されました。この仕事は弁護士以外だと社労士の上位資格にあたる「特定社労士」にだけ認められたもので、この時私の周りの社労士は誰も経験していませんでした。またそのころ家族を私1人で在宅介護していまして、正直、対応できるか不安でいっぱいでしたね。私自身はその後何度も経験していますが、今でもまだ大半の社労士が未経験のようです。今の時代とても必要とされている仕事だと感じていますね。

戻る(起業のきっかけ)

続き(今後の目標)

今後の目標
企業は多くの人間が集まって成り立っています。しかし、そこで働く労働者が安心して働ける制度と環境がなければ、当然企業の業績はあがらず優秀な人材も流失してしまいます。また、リーマンショック以降雇用がいっそう不安定になり、労働者による個別労働紛争の増加や、労働基準監督署等の行政指導事案も急増しています。自分は社会保険労務士として企業の発展と労働者の安心実現をサポートするとともに、各種保険制度や法制度の知識を必要とする人に提供できたらと考えています。

戻る(覚悟の瞬間)

携帯電話

ソフトバンクの携帯です。外出先やプライベートな時間でも顧問先からの電話やメールの連絡はできるかぎり対応したいもの。そこでこのカラフルな色の携帯を選び、周囲にはあまり仕事の応対をしているように感じさせないようにしています。

パスケース

PORTERのパスケースです。都内の移動にはもっぱら電車や地下鉄を使うのでSUICAなどは欠かせません。そこでこのパスケースに入れて毎日いろんな駅の改札を通過しています。軽くてなめらかな手触りがとても気に入っています。